読んだ本の定義について

読書体験について定義したい。
どこまで読んだ本を読んだ本と定義するのか。1.そもそも最後まで読んだ本を読んだ本とするのか、2.その本について語れることが重要なのか、3.その本から感銘を受けた(良い本だと思った)ことが重要なのか。

1.の状態は字面上読んだ本と言えそうであるが、この状態であったとしても内容も覚えていない、語れる部分がないという状態ではその本を読んだ意味は果たしてあるのか。むしろ、途中までしか読んでいないが、3.感銘を受けた部分に対して2.自分の言葉で語れることの方が重要なのではないか。

これは、本のジャンルにもよるかもしれない。たとえば、小説の場合は最後まで読むことが重要であると考える。なぜなら小説を語る上では起承転結、結末までを知ることが読書体験であると私は思っているからである。一方でビジネス書や教養書の場合必ずしもそうではない。必要な情報はその本のどこに書かれていて、その本は他の本と比較してどんな立ち位置にある本なのか、さらに本の中で一部分でも自分のためになる部分を語れれば十分ではないか。 つまり、本のジャンルによって、読んだ本の定義を拡張できるのではないかと考える。

「全体の見晴らし」という概念は、一冊の本を一つの全体として考えた場合にも有効である。教養があるとは、一冊の本の内部にあって、自分がどこにいるかを素早く知ることができるということでもあるのだ。そのために本を初めから終わりまで読む必要はない。 『読んでない本について堂々と語る方法』-ピエール・バイヤール-

本ブログでも読んだ本を記録している。ここでは小説については「読了」していること、ビジネス書・教養書については6割以上読んだ上で「語れる」場合も「読了」とした。